2012年3月12日月曜日

6月14日~22日 ハイファ→テルアビブ inイスラエル

色々よくしてくれるハダスとスーリーに日本食を振舞いたいなぁと思い、この町にあるアジアの調味料が揃うお店に連れて行ってもらった。今日はそばを作ろう!って事で、乾燥そばは見つけたけど、そばつゆが見つからな~い!
仕方が無いので、インターネットでそばつゆの作り方を検索しながら作ってみた。
ただ、初めてだよ。そばつゆ作るなんて。だし汁は干し椎茸を使用。あとわさびも買った。あとは醤油と砂糖でなんとか作ってみた。
その出来あがりの感想は、う~ん、調味料も全て揃ってなかったのもあったし
何かが足りない!って感じの仕上がり笑 でも、ハダスとスーリーは美味しいと言って、食べてくれた。とりあえず、何事も経験ってことで、良しとした笑

翌日、ハダスとベンとで家から近くにある山へハイキングへ。その途中に、洞窟を発見して
そこで、ピクニックをした。












                 こちらがハダス




昔ハダスが友達と勝手に学校を休んでヒッチハイクして、出かけた事がある話をしてくれた。その時にある男の人と出会って、その人は頭の中で、ねずみを飼っていたって。
え??不思議な人がいるもんだ。
次の日、キブツにあるビーチにハダスとベンと3人で泳いで、家に戻るとなんと!!
私達がイスラエルで最初にお世話になった、アサフとハダルがこの家にいた。???なんで、ここにいるんだ?って思ったら、ハダルとスーリーは兄弟で、スーリーのパートナーのハダスとハダルも仲良しだそうだ。なので、前に、ハダルが友達でいいホストがキブツにいるよって紹介してくれた時、
その家は彼女のお兄さんの家だとは知らされてなかった。驚きの再会を果たし、アサフとハダルは帰って行った。

ある日、スーリーの実家に行く事に。日本人の感覚だと、お断りした方がいいのでは?って状況だけど、私は行ってしまったよ。スーリーの両親は初めて会った私達に凄く良くしてくれた。そして、凄い量のご馳走を作ってくれていた。イスラエルの家庭料理を一杯いただいた。


特にハダスは昔からの友達か家族の様にフレンドリーで、優しく、接してくれた。本当に会えて良かった。次は彼らに日本に来て欲しい。

ハダスの隣の写真手前の人がスーリー

スーリーが軍隊に行かなければならなく、多分数ヶ月。朝に皆でお見送りし、お昼の列車で次の
町のテルアビブへ移動。そして次のホストのケーティーに会う。
旦那さんは医者で、今は軍隊にいるらしい。話によると、イスラエルでは医大のお金をある程度、国が負担する代わりに、医者になったら数年、軍隊で医者として働かなければならないらしい。
で、短期間だけケーティーのお姉さんと一緒に暮らしている。
実は彼女と旦那さんは昨年、日本でカウチサーフィングのホストをしていた時に私達の家に来たらしい。私は仕事で会えなかったけど。その夜、イスラエルの寿司を食べに行った。

日本の寿司とは違ったけど、普通に美味しかった。一杯アボガドが使われていて、お洒落な寿司。
ソースが面白くって、醤油もあるけど、ほかに、マヨネーズチリソースと、テリヤキソースがあった。
ちなみに、私は醤油で美味しくいただきました。

こちらが、チリマヨネーズソース!




 私、今これを書いてて、自分が日焼けしすぎて別人のようで不思議な気分笑







 どうですか?結構、お洒落で美味しそうでしょ?あ~また食べたい!






翌日、テルアビブ大学のアートとアーキテクチャーについてのフリーツアーに参加した。
この大学の建物や大きなオブジェが面白かった。昔の建物だけど、いかに涼しくするか考えられた窓枠の構造だった。光を遮断するような造り。








このオブジェが一番気に入った





夕食は久しぶりに豪華に、ケーティーおすすめのロシア料理レストランへ。

可愛い内装。多分、初のロシア料理。美味しかった。
今回の話は、食べ物ばかりだったかな。















翌日次のホストのお家へ移動。残念ながら、名前を忘れてしまった。
ホストの彼は試験が近く、忙しいとの事で、色々自由にさせてもらった。会話は朝のおはようくらい。ホストには色々なタイプの人がいる。人間ですからね。一緒に遊んでくれたりする人もいれば、今回のようにかなり自由な感じの人もいる。鍵も貸してくれるし、シャワーもトイレもキッチンも自由に使っていいよって。正直、誰の家でも凄くくつろげる訳ではないけれど、どんな人であれタイプであれ、知らない人間を泊まらせてくれるってだけでとても有難い。


もう一人の同居人は、大学院生。映画の勉強をしているらしかった。初日は、その彼と彼の犬と一緒に、近くのビーチへ泳ぎに行った。

2日後、フリーツアーに参加。印象的だったのは、途中に入ったギャラリー。
有名な人が集めている作品らしく、彼女の家の中にたくさんの面白いアートがあった。
写真で説明出来ないのがちょっと、残念。
あと、初日に行ったビーチをたまたま遠くから見たら、もの凄く綺麗だった。あんなに綺麗な所で泳いでたのか、と気づいた。そして、何でも同じなんだぁとふと思った。自分の近くにいたり、ありすぎると素敵な物や事に気づかないって、よく言うでしょ?遠くからだったり、客観的にみると、また違って見えるものなんだね。


2012年1月24日火曜日

6月9日~6月13日 エルサレム→ハイファ inイスラエル

お世話になった家を出て、リュックを背負いホロコーストメモリアル(虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑)へ行った。
日本語訳の説明がないので、ほとんどの内容が分からなかったけれど、ベンから話を聞いたり
あとは、昔の写真とか映像も多かったので、少し助かった。




実際の映像の中で衝撃的だったのは、何人ものユダヤ人をトラックに乗せ、そこから数人を引っ張り出し次々に銃殺していくもの。次は自分の番だと思うとゾッとする。そして、映像は映画なんじゃないかと思いたかった。
歴史が苦手な私だが、実際に映像を見たり話を聞いたりすると、興味が湧くし、記憶に残る。

この日のホストの人は、日本好き。旅をよくしている人で、以前日本にも行ったそうだ。

日本人は皆優しくて、驚いたと彼は言っていた。
あと、彼はベジタリアンで、日本でベジタリアンの食べ物を見つけるのは難しかったらしい。
で、気に入った食べ物が、梅干おにぎりだった。毎日食べてたって言ってた笑

翌日、次のホストのハダスとスーリーのお家へ。ハイファの町から、車で15分くらいの場所。彼らが住んでいるのは、キブツというシステムの所でどんな所か興味があった。が、彼らの住むキブツは本来のキブツのシステムではなかった。
普通のアパート。
この日私は風邪気味だと話すと、ハダスが、鍼治療をしてくれるという。
まず、イスラエルで鍼が知られている事に驚いた。
見るからに痛そうだし、何度か断ったものの、強く断る事が出来ず、、結局やってもらうことにした。日本でも鍼なんてやった事がないのに、まさかイスラエルでやる事になるなんてね。
彼女は、日本製の鍼治療セットを持っていた。今も鍼の勉強をしつつ、人にも施術している
と言っていた。





で、感想は皮膚に鍼を刺す分には痛くないのだけれど、お灸が痛い!痛すぎた。
火傷にはなってなかったけど、本当火傷しちゃう感じ。
効果も一度しかしてもらってないし、あまり分からず。
しかし、今この写真を見ると私、真っ黒。足と上半身の色が大分違いますね。

前日の夜、ハダスとスーリーのお家の向かえに住むダニーが彼らの家に遊びに来た。
そこで、色々話していると、数日休みがあるから、明日、ハイファの町まで乗せてくれるという事に
なった。さっき知り合ったばかりなのに、なんてフレンドリーなんだ!
翌日、3人で、サスペンションブリッジ公園に行って、



それから、途中一度別れ、
ベンと二人で、Bahai gardensへ。この庭と遠くの道路から見ても、とても整備され綺麗な所だった。


















帰りは、ダニーに電話して町まで迎えに来てもらった。
その翌日も、ダニーが車を出してくれて、ちょっと離れた観光地へ一緒に行った。
洞窟のある、The Big Grottos.







               こちらが、ダニーさん






まずはロープウェーに乗り、下へ降りていくと洞窟がある。ここにはトンネルがあって昔は、隣の国と繋がっていたらしいが、爆破してトンネルを閉じたとか。戦争の時の話です。
まぁ、書いておいてなんですが、その戦争の時の詳しい内容は英語での説明にて理解できず。

2012年1月20日金曜日

6月8日 ユダヤ人の休日 inイスラエル


この日、ユダヤ人が住む辺りの店が全て閉まっていたので(ユダヤ人のお休みの日)
前に行った、イスラム教の人が多く住むダマスカスゲートの辺りに買い物をしに行った。
全体的に、イスラム教側のお店の方が安かった。買い物を終え、通りを歩いていると、ユダヤ人数十人が道路の真ん中に立っている。
まるで、黒装束。黒い大きな帽子、腰から下げてる白い紐、両耳の辺りから垂れた長い髪の人たち。大人から子供まで。
なんだ、なんだ??っと思っていると。




彼らは口々に”シャーベー”と低い声で叫んでいる。何の意味かはよく分からないが、若干、気味が悪い。
そして、信号で止まっているタクシーに向かって水風船みたいのを投げつけている。何してんだ?
なんて、恐ろしい。ただの、水風船だけど。コワッ。

この日(日曜日)はユダヤ人が信じる宗教的なもので、買い物をしてはいけない。車を運転してはいけない。とかそういう日らしい
私達は、3つくらいの買い物袋を下げて歩いていたから、水風船を投げつけられるのではないかとヒヤヒヤしたが、大丈夫だった。きっと、外人だったから、スルーしたのかな?
ユダヤ人はユダヤ人のルールがあり、何を信じるのも勝手だが、人に危害を加えないで欲しい。

ついでに、その現場をベンが写真とってた。私だったら、張り詰めた空気の中、彼らの写真なんか撮れない!
撮ってる最中、大丈夫?っと心配だったけど、襲われたりはしなかった。
ただ、あとでイスラエル人にその事を言ったら、やっぱり彼らの写真を撮るのは良くないだろうって。まぁ、撮ってしまったので、載せました。

2012年1月17日火曜日

6月6日 エルサレム inイスラエル

昼からWestern Wall (嘆きの壁)へ行った。この壁はエルサレム神殿の外壁の一部。この神殿はユダヤ教で最も神聖な建物だった。この壁は地下10mくらいまで続いている。というのも、ここエルサレムは、都市が上に上にと重ねられ築かれ、今も地下にある大昔の町を見ることができる。















ツアーに参加したのだが、当たり前に説明が英語なので内容がよく分からず笑
入り口は嘆きの壁の所から、出口はイスラム教側だったので、危険がないようにツアー参加者の後ろには護衛がついて来てくれた。やっぱり、仲良しではないんだろうね。

夜には、次のホストの家へ移動することに。前日の夜に知ったのだが、たまたま凄くラッキーで面白い事に、次のホストの家はなんと!!ヤイーの家の門を出た、その丁度向かえ側の家だった。
なんて、近いんだ!移動が楽!まさかのお友達同士??と思ったが。しかし、残念ながら
お互いは知り合いではなかった。

素敵な雰囲気のお家

次のホストの方は、学業に忙しいようで、あまり会話は出来なかった。しかし他に同じ家に住んでいるは医学生と美大生の人と結構話が出来た。イスラエルは徴兵制度があり、男性は3年、女性は約2年間の兵役の義務がある。ここで出会った、美大生(名前を忘れてしまった)が言っていたが、軍隊の3年間の兵役が終了したら、大学の学費を半分国が負担してくれる制度があるらしい。また医学生が、イスラエルは医者や弁護士を目指す人が多いが皆がその職業に就こうとするため、仕事があまり無いと言っていた。

その夜、すぐ近くのマーケットで、ラップやブレイクダンスをやると聞いたので、観に行った。
ん~~、あんまり良くなかったけど、狭いマーケットの通りでこういった物をやるっていうのが面白い。