2011年3月12日土曜日

シェアムリアップ inカンボジア①


アユタヤから再びバンコクへ戻り、次の日列車に乗り、4時間かけてカンボジアへ

入国手続きを済ませ、そのPOIPET(ポイペット)という所から
タクシー料金を浮かせる為、タクシーに一緒に乗ってくれる人を探した。
探すのにやや時間がかかったものの、オーストリア人の年配夫婦に会いシェアムリアップまで一緒に乗って行くことに。乗る事約2時間。
着いた先は思ったよりも観光地化されてて、立派なホテルも多く立ち並んでいた。
私たちはいつものごとく安宿だけど、なかなかいい所で1泊5$だった。結構、綺麗だし文句なし。
料理も安いと1$とか。
ガイドブックなんかは持ってなかったけど、たまたまホテルに日本語のガイドブックを見つけ
た。
次の日はなにもせず、辺りを散策し夜には明日の為に1$で自転車をレンタルした。
バイクをレンタルしたかったのだけど、ここはバイクレンタルが禁止されていると
ツーリストインフォメーションとホテルで確認した。残念。
トゥクトゥクというバイクタクシーがあって20~30$で観光できるらしい。

久しぶりに自転車に乗りたいという事で自転車で観光することにした。
次の日朝の4時半に起床し、自転車に乗りアンコールワットへ向け出発。こんなに朝早く行くのは私たちくらいかと思っていた。けど、
アンコールワットへ向け、私達と同じように自転車で行く人達もいた(少ないけど)他にも
バスのツアー、トゥクトゥクに乗った人達が私たちをドンドン追い越していった。
途中、チケット売り場があって、3日券を購入。40$。これは、1週間内に3日使用可能。

約1時間位でまだ、真っ暗のアンコールワットへ到着。なんとなく建物は見えるけど、まだ暗いのではっきりとは見えず、ただ想像以上に人が一杯いた。多くの人は、すぐにアンコールワットの中に入らず朝日の見える位置に集まっていた。
私たちは、真っ暗なアンコールワットの中に入っていった。人が全くいない真っ暗の中のアンコールワットは私にとってかなり怖かった、おばけ屋敷状態。ベンはかなり楽しんでたけど。ところで、私は旅をしてて結構怖がりなんだと気がついた笑



だんだん明るくなってきて、建物の細部が見えてきた。もの凄い大きい石の彫刻。


次にアンコールトムへ行った。ここはかなり大きい所で、建物より敷地が。

その中にあるバイヨンも良かったけど、だんだん疲れてきて、しまいには何をみても
同じような気にさえなってきた。やっぱり自転車はキツカッタな。
ここは少し遠くからみた方が素敵に見えた。

そこから近くの違う遺跡を探し、自転車を走らせていた。
後ろから、英語で”どこから来たの?”と、自転車に乗った男の子に聞かれた。
18歳だという彼と、私のつたない英語で会話を始めた。
よくよく聞いたら
主にツーリストと会話を積極的にして、英語を始めてまだ6ヶ月だと言う。
その子の方が私よりよっぽど英語が上手だった。私は彼に何年、英語を勉強しているの?と
聞かれ、それを答えるのが恥ずかしかった。
それからその子が英語を勉強するために、一緒に来て案内してくれるという。
その時にベンが、案内はいらないと話していた。(よく観光地にいくと幾らで案内するよっていうのが多いので。)
途中、その子の家を案内してくれ玄関先でその子のおばあちゃんに挨拶した。
その子の家は、キャンプ場にあるバンガローに近いけどそこまで立派じゃない感じ。
結局自分達の行きたい場所まで、結構遠かったので行くのを断念した。
帰る途中、その子が自分は今は学生だけどお金がないので学校に行けなくなる。
おばあちゃんと二人暮らしでとても貧乏で、親もいないと言う。どうやら、お金が欲しいようだ。私は純粋にその子と話をするのが楽しかった。でもお金の話になり、残念だった。
話は反れるけど、私はここカンボジアに来て子供の物乞いが多い事、子供の物売りが多い事を知った。今までのマレーシア、タイでも物乞いはいたけど大体大人が多かった。

この子がお金を学校に使おうとしているのか、生活費にするのか、ただの小遣い稼ぎなのか、どこまで本当か分からないにしても、お金に余裕があるようには見えなかった。
この子がこのようにせざるを得ない生活環境である事実に対し複雑な気持ちになった。
こういう子供がいる事は日本にいても知っていたけど、実際に家の様子とか暮らしぶりとかを見るとね。


この日のルートは
アンコールワット→プノンバケン→アンコールトム→バイヨン→プリアピトゥ→象のテラス
→バプーオンを遠くに眺め→タ・プローム(ガジュマルの巨大な木が遺跡に絡みついている)→バンテアイクディ→スラ・スラン

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